新しい社会貢献活動へのチャレンジ(1)特定非営利活動法人木曽情報技術支援センター(KISO-ITSC)
■コーナーの紹介
npowebでは、新たなコーナーとして「企業とNPO」を企画しました。特に、企業とNPOの新しい取り組みに焦点を当ててご紹介していきます。
連載企画第1弾として、マイクロソフトと市民社会創造ファンドの提携による「Microsoft giving NPO支援プログラム」を取り上げます。2002年度選考には当会事務局長の松原明も委員として関わりました。
2002年度の助成対象に選ばれた7団体を訪問し、このプログラムの助成を受け、新たな一歩を踏み出した活動の様子をご紹介します。
第一回 特定非営利活動法人木曽情報技術支援センター(KISO-ITSC)
(2003年9月26日訪問)
「木曽路はすべて山の中である」
島崎藤村「夜明け前」のフレーズにもあるとおり、木曽谷は南端から北端まで約90キロの細長い谷すべてが深い山の中にある。
木曽平沢は、この木曽地域の北端、塩尻市から中央西線で南に20分ほど下った谷合にある。漆器のまちとして古い歴史を持ち、駅前には漆器店が軒を列ねているが、人影はまばらだ。漆器メーカーの使っていない展示場を借りているという事務所に伺い、話を聞いた。
お話を伺った永島さん(右)と副理事長の巣山さん
1) 取り残されたニーズを開拓することから
木曽情報技術支援センターは、木曽地域の情報発信窓口としてウェブサイト「木曽路ドットネット」を運営するNPO法人である。
センターは2001年、国のIT推進政策が社会の注目を浴びている時期に立ち上がった。当時国は『ITが社会に浸透することで、すべての人が恩恵を受けられる』と謳っていたが、広い範囲に人口が点在している木曽のような過疎地に進んで参入する民間事業者はなく、「ITがかえって地方と都市部の差を拡げることになる。」という問題意識が、発足の根底にあった。「民間も行政も期待できない。自分たちで何とかできないかと考えたとき、NPOという方法が浮かんできました。」
理事長の永島さんは元社会福祉協議会職員。パソコンが好きで、以前から個人のホームページを公開していた。ホームページを見た人から木曽に関する様々な問い合わせをメールで受け、IT時代の情報発信の重要性を痛感していたという。「木曽の情報が必要とされているのに、住民には情報を発信しようという意識が芽生えていなかった。」
職業柄、NPOやNPO法のことは知っていた。田舎にもITニーズはある。情報や情報格差を埋めたい、何とかしたいと思う問題意識を持った人は、他にもいるはず。そう思い、地域の人脈を当たった。専念するために仕事も辞めた。
「紹介してもらって、会いにいって、同士を見つけました。探せば人はいるのです。」
漆器の展示場を借りているという事務所は国道19号線に面している。
2) 一つの道が拓く新しいシステム
木曽路は、旧中山道沿いに集落が作られている。集落をつなぎ、谷を結ぶ国道19号線は、地域のライフラインである。地形の関係から迂回路は全くなく、この国道が何らかの理由で通れなくなると、全域が陸の孤島となってしまう。
「ロード110番ドットコム」は、「木曽路ドットネット」が提供する道路情報サービスだ。難しい仕組みではなく、今現在道路を利用しているドライバーが、気がついた道路情報を携帯電話からウェブサイトにつなぎ、掲示板に書き込む。別の利用者がその掲示板を読むことで、オンタイムで道路情報を共有することができる。
「この地域で住民に最も必要とされているのは道の情報です。19号線は事故も多く、一旦ストップすると、復旧までに2~3時間は平気でかかる。『いつになったら通れるんだろう』と情報もなく待たされることが日常化していました。せめて何が起こっているのか知ることができたら、対応もずいぶん違ってくるだろう、というのが、最初のアイディアでした。」
この掲示板は、開設1週間で約3万件のアクセスを数え、潜在ニーズを捕らえていたことを証明した。事故や通行止め、天候に関する情報が絶えず書き込まれ、ドライバーに注意を呼び掛けている。携帯の有料サイトにという話もあったが、「地域の人が誰でも利用できる情報でなければ意味がない。」と現在では無料サイトとして運営している。「道の情報は公共的なもの。でも、行政は絶対確実な情報でなければ流せない。NPOならではの事業だと思っています。」
木曽平沢に隣接する奈良井宿。旧中山道の町並が保存されている。
3) すべての道はつながっている
「ロード110番ドットコム」がマスコミに取り上げられるに従って、国道19号線の先につながる道路情報も流してほしいという要望がセンターに寄せられるようになった。「このシステムを維持するためには、利用者を混乱させる情報を削除するなど、きちんした管理が必要です。19号に関してはセンターのメンバーが管理できますが、他路線に拡大するにはその地域で責任を持って情報を管理してくれるパートナーが必要です。」
幸い、NPOの仕組みが地域で知られるようになり、長野県内でも情報NPOが育ってきていた。
今回の助成は、国道19号線に加え、「ロード110番ドットコム」を長野県内の主要幹線道路5路線(国道18号、20号、153号、147/148号)に拡大し、県内の道路情報ニーズに応える事業に使われる。「白馬大町線(147/148号)には連携先がなかったのですが、最近グループがみつかり、5路線をカバーできる見込みが立ちました。地域の発信力をつなぎ、ネットワークを構築して、新しい展開をつくり出したい。」
このシステムは、迂回路がない道ほど情報ニーズが高い。白馬大町線は19号線同様、大町から糸魚川に抜ける一本道だ。沿線には有名スキー場が多いが、19号線以上に厳しい谷を抜けるため、降雪や土砂災害の影響を受けやすい。オープンすれば、19号に並ぶ利用率になるだろう。
「それまで助成金は、手間がかかる割に額が小さく、申請をためらっていました。Microsoft giving NPO支援プログラムは、300万円というまとまった額で、IT支援事業の助成。『情報がつなぐ人の絆』という募集を見て、自分たちのためにある助成だと確信しました。この助成金がなければ、道をつないでいくことは難しかったと思います。」
御岳百草丸ののぼりがかかる薬店。木曽は御岳信仰の拠点として、江戸時代から繁栄していた。
4) まちづくりは、ひとづくり
センターは、「木曽路ドットネット」運営以外に、パソコンやITの講習、ホームページ作成など、この地域のITニーズに応える事業を一手に担っている。民間企業の6割を目安に値段設定していること、近隣の松本や名古屋から講師を呼べば費用がかさむことなどから、地域住民のみならず行政、地場産業の企業などからも依頼がある。「住んでいる人はITを使ってみたいと感じている。でも、広く山深い木曽では、住んでいる自分たちでも1日に何か所も回るのは無理。利益重視の民間参入は期待できません。」
依頼はセンターで受け、スキルのある会員が請け負う。ホームページ作成は会員内でコンペを行ない、依頼元が気に入った作成者に依頼する。ITを将来的なまちづくりを担う人材育成に使おうという目論みからだ。「木曽の人は、状況を自分で切り開くのが苦手。民間参入がないのも、情報が遅いのも、仕方がないとあきらめてしまう。だから今は、できることをやって見せ、チャレンジしたい気持ちを高める仕掛けが必要なんです。」
広く散らばる、小さなマーケット。迂回路のない道という「地の不利」を逆手に取ってニーズを掘り起こし、3年めにしてようやく通信業者のADSL参入まで漕ぎ着けた。「いろいろな通信業者にADSLを通してくれるよう話をしにいきました。ようやく秋から地域11町村のうち2地域で、ADSLが使えるようになります。使える地域が生まれることで、他の地域も変わっていくでしょう。」
「ITを使い、NPOとして、あるときは行政や企業の隙間をうめ、あるときは住民を代表し、活動を広げていきたい。次の企画は頭の中にあるけれど、秘密です。」
嬉しそうに語る永島さんには、次の展開がもう見えているようだ。
「ロード110番ドットコム」は、今年11月、リニューアルオープンする。
プロジェクト名:
ロード110番ドットコム構築事業
■ 団体概要
設立:
2001年4月(法人登記)
所在地:
長野県木曽郡楢川村
目的:
木曽地域に住みこの地を愛する人々の力を発掘し、育て、結集し、相互に成長していけるよう支援し、地域内の需要を地域にフィードバックさせるシステムを作る。同地域の自然、文化的資産、商工産業を広報しつつ、環境意識の普及並びに自然と共生するまちづくりを推進する事業を行い、次代を担う子どもたちをはじめ、木曽に住み、働き、訪れるすべての人々にとって魅力ある地域の創造に寄与することを目的とする。
主な事業:
- 木曽地域ポータルサイト「木曽路ドットネット」の構築と運営
- 会員情報メールマガジン「木曽路Now」の発信
- ホームページ作成業務の受託
- パソコンの技術講習・講師派遣
- 木曽地域の発展・活性化のためのイベント企画
代表者:
永島芳晃さん(理事長)
スタッフ:
4名(常勤2名、非常勤2名)
会員:
正会員23名 情報会員130名 賛助会員20件
直近の決算額:
約1700万円
■ 取材関連情報
取材対象者:
永島芳晃さん(理事長)
取材日時:
2003年9月26日(金)午後1時~2時
取材場所:
木曽情報技術支援センター事務所
(2003.10.03)