訪米調査の事例から(15)ドゥワイト・バーリンゲイム博士
2005年9月5日から17日まで、シーズでは国際交流基金日米センターの助成を受けて、米国のワシントンD.C.、ボルチモア、ニューヨーク、シカゴ、インディアナポリスの5都市を訪問しました。訪問団は、シーズ事務局長・松原明、茨城NPOセンターコモンズ事務局長の横田能洋、グローバル・リンクス・イニシャティブ事務局長の李凡、シーズ・プログラムディレクターの轟木洋子の4名(敬称略)で構成。NPOの信頼性に係る日米の現状、また信頼性向上のための取組みなどについて、23の団体を訪問し、米国側の専門家たちと意見交換をしてきました。
そのなかで、特に印象に残り、日本の皆さんにも参考になると思われる15の記録をご紹介します。
※ご紹介する方々の肩書きや団体の活動などは、訪問当時のものであり、その後、変わっている可能性があります。ご了承ください。また、文責はシーズ事務局にあります。
第十五回(最終回) ドゥワイト・バーリンゲイム博士
インディアナ大学 フィランソロピーセンター副学科長
2005年9月16日(金)訪問
バーリンゲイム博士は、インディアナ大学フィランソロピーセンター副学科長でフィランソロピー/公共環境学科教授。ムアヘッド州立大学で学士号、イリノイ大学で修士号、フロリダ州立大学で博士号を取得。フィランソロピー学と公共環境学などを専門とする。
フィランソロピーセンターは、インディアナ大学内のフィランソロピーに関する研究機関として1987年設立。フィランソロピーの歴史、文化、価値、効果的なNPO経営などに、重要な視点から研究し、このセクターに影響を与え続けている。寄附や各種の基金、チャリティについて学ぶことができるファンドレイジングスクールでは、3万人以上の卒業生を輩出。他にも研修の実施、奨学金の提供などを行っている。
訪問団:
今日は、米国のフィランソロピーについて包括的なお話を伺えると思い、楽しみに伺った。
バーリンゲイム博士:
では、まず米国のNPOの概況をお話する。
NPOの雇用状況のグラフ(Nonprofit Share of US Employment 1800-2000)を見ると、200年前にはNPOの分野で雇用されていたのはゼロだった。1850年には1%以下、1900年にやっと1%、1950年には2%、そして現在はほぼ10%である。より多くの雇用を生んでいるということは、資金やその他のリソースが集まっているということで、社会の関心も高まり、政治家も注目する。いい意味でも悪い意味でも関心を引くセクターとしての基盤ができてきている。
一方で、個人の寄附がどう推移しているかというグラフ(Individual Giving in the US as share of disposable personal income, 1929-1999)を見ると、個人の可処分所得に占める寄附の割合は1929年には1%で、1960年に2.5%となりこれが最高割合。その後はほぼ横ばい又は少々下降気味である。つまり、過去50年間、ほとんど変化がない。
別のグラフ(US Disposable income per capita 1996 dollars)を見ると、米国の個人の可処分所得は過去40年で増えているが、寄附の割合は増えていない。では、なぜ米国のNPOセクターに大幅な成長が見られるのか?
現在米国には免税団体として登録されているNPOが100万以上あり、年間5万~6万も増えている。こうした団体の収入には、実はNPOが行うサービスに対して利用者が支払う料金や、国や自治体からの補助金が多い。
もうひとつのグラフ(Gifts & Endowment as Share of Nonprofits Income 1930-1990)で歴史的な流れを見ると、米国では、初期には非営利の病院、社会福祉サービス団体、大学などにとって個人の寄附が非常に重要であったことがわかる。1930年、60年には、病院や社会福祉サービス団体への寄附割合が大きいのがわかる。しかし、1990年になると大学や社会福祉サービス団体に対する寄附は20%以下となり、病院への寄附は3%にまで落ち込んでいる。
こうしたデータからは、NPOへの信頼性は寄附額に示されるというよりも、団体の目的に賛同してサービスを利用して料金を支払う、あるいはそのサービスの料金が政府から支払われるようになる、という形で現れていることがわかる。
訪問団:
法律やその他の規制は、NPOの信頼性を高めることに有効と考えるか?
バーリンゲイム博士:
より多くの法規制を追加する必要はない。なぜなら、そうした規制によってNPOがしっかりと監視されているという間違った考え方を提供するからだ。州レベルでもIRS(内国歳入庁、日本の国税庁にあたる)でも、NPOを監視できる体制にないことは明らか。そうしたなかで規制を増やしても意図した結果にはつながらない。規制を増やすなら、それを執行するための予算の裏づけが必要だが、そうした事例は今までない。
NPOの信頼性を高めるためにより重要なことは、NPO自身が透明性を確保するために情報を公開し、寄附者に対して寄附金の使途を明確に報告するなどのコミュニケーションをとることだ。私たちの調査では、NPOへの寄附を決定する第一歩は、その団体をよく知ることだということがわかっている。だから、ボランティアをすることも寄附者になる重要なステップ。
私は、NPO側からの自己規制や倫理基準を構築するという動きは信頼性構築の鍵となると思うが、政府の規制はあまり意味がないと考えている。
この、NPO側からの全国的な動きとしては「寄附者の権利宣言」の推進がある。これは、NPOに寄附をする際に、一人一人の寄附者に確保されるべき10の権利をうたったものである。例えば、そのNPOの目的や財務情報、また誰が理事なのかを知らされたり、寄附がうたわれているように使われたか否かを確認できる権利などである。この「寄附者の権利宣言」は、資金調達者によって構成されているアソシエーション・オブ・ファンドレイジングプロフェッショナルズというNPOなどによって作られており、その他の資金調達団体に普及を図られている。
また、ガイドスターというNPOは、インターネット上で100万以上のNPOの確定申告書を公開している。これは、IRSが確定申告書のデータを電子ファイルにしてガイドスターに送信、それをガイドスターがホームページに掲載しているもの。現在も、より多くの情報を提供できるような努力が続けられている。
こうした動きは、団体の情報に透明性を持たせ、信頼性を高めるために有効なものである。
訪問団:
ガイドスターについては、すでに寄附をする意志のある人には、それを決定させるための動機付けになると思うが、そこまで関心を持っていない人はインターネットに自らアクセスしないと思う。そういう人についてはどうするのか。
バーリンゲイム博士:
米国でも、小規模な草の根NPOは、寄附者開拓の問題に直面しているが、大事なことは、そのNPOにとって最適な人たち、つまりNPOのミッションに関心のある人たちを巻き込むことである。例えば、そうした人を巻き込めるような特別なイベントを開催したり、啓発キャンペーンをしたり、あるいはニュースレターをまず送付するなどのコミュニケーションを取るところから始めることだ。一度活動に参加したり協力してくれた人には寄附のお願いをする。
訪問団:
確かにそれは募金の王道かもしれないが、個々の団体の枠を超えて寄附集めをやり易くするような全体の環境作りの動きはないのか。
バーリンゲイム博士:
日本と同様に、NPOを支援するセンターがあり、そうしたところが個々のNPOの支援をしている。全国的に行っているのはユナイテッド・ウェイで、新しいNPOに対して専門的な支援を行ってきている。また、ここ10年間の顕著な新しい動きとしては、コミュニティ財団があげられる。コミュニティ財団とは、地域に密着した形の財団で、1914年にクリーブランド、1916年にインディアナポリスで始まったもの。寄附をしたい人からお金を預かり、これを地域のNPOに配分する。以前は都市部に限られていたが、現在は地方にも広がってきている。さまざまなコミュニティ財団があるが、地域内の問題解決に対応する様々な新しい形で、資金を配分するだけでなく地域のNPOを支援している。
訪問団:
なぜ最近、コミュニティ財団が増えてきているのか。
バーリンゲイム博士:
ひとつは、可処分所得の増加だ。富裕層、つまりより多く可処分所得を得ている人たちの間でNPOを支援したいという需要がある。その際、NPO自身の能力向上も必要だと考えることから、そうしたサポートができるコミュニティ財団を通して寄附をするという動きがある。コミュニティ財団は、地域内で問題を解決しようという概念のうえに成り立っているが、現在は地理的な分類だけでなく、環境、芸術など、分野別のコミュニティ財団もつくられるようになっている。地域内の活動なので信頼できるし、効率的にサービスを提供できるという理由でコミュニティ財団を通す傾向が生まれてきている。
また、以前は、コミュニティ財団を通した寄附金については、寄附者の使途の意向をあえて反映しないようにしていたが、現在はこれが大きく変わっている。つまり、寄附者の意向を尊重する「Donor-Advised Fund(寄附者の意向を受けた基金)」と呼ばれるものに変わってきており、コミュニティ財団によっては100%がこのDonor-Advised Fundだというところもある。この部分の成長は大きく、特筆すべきもの。寄附が促進されたという意味では、このDonor-Advised Fundはよい媒体だと思う。しかし、寄附者をNPOのミッションや活動に巻き込むという点では、間にコミュニティ財団という中間媒体が入るため、NPOと寄附者の間のコミュニケーションは薄くなる。
訪問団:
では、いったいどうやったらNPOは寄附をのばすことができるのだろうか。戦略として、米国ではどの所得層にターゲットを絞っているのか。富裕層か。
バーリンゲイム博士:
一般的には、より寄附能力がある人に焦点をあてて、大口寄附を募ることが重要だ。大口寄附といってもそれぞれのNPOによって規模の捉え方は異なるが、一般的には、年収10万ドル以上の富裕層から大口寄附、遺贈、信託など形の寄附を得るためにターゲットをしぼるのが効率的。ただし、これは規模の大きいNPOに当てはまることであり、草の根の小規模なNPOの場合は、小額の寄附を広く浅く募る方が効果的だろう。それぞれのNPOのタイプにより、戦略は異なる。
さすがに、バーリンゲイム博士はさまざまな米国のNPOの歴史、NPOの財政状態の推移、社会背景との関連など、多くのことを把握しておられ、時間が経つのがもったいなく感じた。インディアナ大学フィランソロピー・センターには、米国のフィランソロピーの専門知識が凝縮されているという感じで、ぜひ再びお訪ねしたいと思った。
2007.03.02