NPOなどの商標登録に関する学習会(大阪)
7月1日(月曜日)、午後7時から、大阪NPOプラザで、表記の学習会が開催された。
この学習会は、今年5月に、「NPO」という語が(株)角川書店などの持ち株会社である(株)角川ホールディングス(以下、角川)によって“雑誌・新聞”の名称として商標登録されたことについて、NPO側としてどう考えるべきかを検討するために開催された。
主催は、大阪NPOセンター、大阪ボランティア協会・NPO推進センター、市民活動情報センターの3団体。
約50名のNPO関係者が参加した。
- 進行役:
- 社会福祉法人大阪ボランティア協会事務局長 早瀬昇氏
- 講師:
- 特定非営利活動法人大阪NPOセンター理事・弁護士 三木秀夫氏
- 弁理士 山本俊則氏
- 弁護士・弁理士 平野和宏氏
- 弁理士 山本俊則氏
はじめに、大阪ボランティア協会事務局長の早瀬昇氏から、「今日は、商標に関する専門家である弁護士、弁理士を交えて、商標登録についての基礎知識を確認しながら、角川による商標登録でどのような事態が起こりうるのか、NPOとしてはこの事態にどう対処したらよいのかを考えたい。」と開会の挨拶があった。
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まず、大阪NPOセンター理事で弁護士の三木秀夫氏から、角川による「NPO」商標登録の事実確認と、NPO側のこれまでの対応について、次のような報告があった。
2002年1月18日に、株式会社角川書店(2003年4月からは株式会社角川ホールディングス、以下「角川」)は、雑誌・新聞についての商標として「NPO」を出願し、その後、特許庁が審査をした結果、2003年4月25日に登録され、5月27日には商標掲載公報に掲載された。その結果、商標権が正式に角川に発生した。
なお、登録された「NPO」は、標準文字によるもので、デザインされた図形によるマークではない。また、同時期に、角川によって、「ボランティア」も雑誌・新聞について商標登録されている。
これに対して6月3日に、 大阪NPOセンター 、大阪ボランティア協会 、 関西国際交流団体協議会、シーズ=市民活動を支える制度をつくる会は、NPO活動の根幹にある定期刊行物の題号に「NPO」の語を使うことが制限される可能性が生じたとして、NPO関係者にメールで情報発信した。
これに対して、発信元には多数の意見が寄せられ、NPO側の反発が拡大し、6月5日には、新聞などマスコミでも「角川NPO商標登録問題」として大きく報道された。
こうした動きに対して、角川は、6月6日に新聞各紙に社告を出し、その中で、「NPOという名前の雑誌を発行する予定がある。雑誌創刊にあたり通常の手続きとして商標登録した。NPOもしくはボランティア団体が非営利の目的で発行する場合には商標権を行使しない」旨を発表した。
しかし、市民活動団体が有料で「NPO」もしくは類似する題号の新聞・雑誌を発行したり、さらにこれを書店で販売したりした場合に商標権で争われない保証はない。
角川は、通常の雑誌を創刊するときの手続きにしたがって商標登録出願をしたまでのことだろう。しかし、その出願に対して、特許庁が、雑誌・新聞の商標として、「NPO」という語に商標登録査定を下したことは、商標の基本である識別性の欠如、また、NPO活動の根幹にある定期刊行物の題号に「NPO」の語を使うことが制限されることから生じる公益への悪影響を考えると、誤った判断だと思われる。
そこで、現在、6月3日に情報発信をした4団体と、特定非営利活動法人市民活動情報センターの5団体で、特許庁に対して異議申立を行う準備をしている。
こうした経緯について、上述の5団体は、6月30日に、賛同および意見を寄せてくださった方々に対して、<「NPO」の商標登録に対する取り組みの経過とその後の対応について>と題した報告をメール、FAXで発信した。
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次に、弁理士の山本俊則氏から、商標についての解説と、角川によるNPO商標登録に対する異議申立の論拠についてなど、専門家の立場からの説明があった。
商標とは、指定した商品・役務(サービス)について使用される標識。角川の件では、雑誌・新聞を指定商品として「NPO」の語を商標登録している。この場合の「商品」「役務」というのは、業として提供されるものを意味し、営利、非営利は問わない。ゆえに、他の商品やサービスに「NPO」の語を標章として付けることは制限されない。雑誌新聞の文中に「NPO」という語を使うことも制限されない。
商標の3大機能は、出所の表示、品質の保証、広告・宣伝(需要の喚起)。よって、根本となるのは識別性である。
商標権には、専用権と禁止権がある。専用権とは、指定した商品・役務について、登録商標を独占排他的に使用する権利。禁止権とは、指定した商品・役務について、登録商標に類似する商標の使用の禁止と、指定した商品・役務に類似した商品や役務に登録商標や、登録商標と類似した商標を使用することの禁止。
この場合の「類似した商標」とは、外観(例:ライオン=テイオン)、称呼(例:LYRA=ライカ)、観念(例:KING=王)のひとつが紛らわしいことを意味する。「類似した商品・役務」とは、生産や販売が同じ部門であったり、需要者が一致している等を意味する。
この類比判断は、個々になされるもの、いわばケースバイケース。取引界の一般経験則、需要者の通常の注意力、全体観察や主要部観察、商品・役務の種類、需要者層の特質などが考慮されて判断される。
商標権を得るには、出願して、特許庁の審査を受ける。審査で通れば商標登録されて、商標権が発生する。審査では、登録拒絶の理由の有無を審査官が調べる。拒絶理由の主なものは、識別性の無いことや、先願登録商標と同一、または類似したものであること。
ただし、新聞・雑誌などの定期刊行物では、識別性を欠く普通名称であっても原則として自他商品との識別性があるという商標法運用基準がある。NPOが登録できたのもそのためだろう。
審査官によって拒絶の理由がないと判断されると商標登録され、商標掲載公報に掲載される。
しかし、公報発行から2ヶ月以内に限り、誰もが異議申立て理由を挙げて、その取り消しを求めることができる。これが「異議申立」。今回の「NPO」商標登録に対して、5団体が準備しているのは、この手続き。
「NPO」商標登録に対する異議申立理由としては、次の3点が考えられる。
- 標準文字による「NPO」は一般的な言葉を普通に表示したもので識別性が無いので、普通名称のみからなる語の登録を認めない商標法3条1項3号に違反する。しかし、この点は、先述の新聞・雑誌についての運用基準があるので、難しいかも知れない。本件では、どういう人達がどんな目的で読むかということあたりで「NPO」の特別性を主張する必要があるだろう。
- 「NPO」に識別性があるなら、類似した商標の使用が禁止される結果、NPO活動の根幹にある定期刊行物の題号に「NPO」の語を使うことが制限され、社会公共の利益に反する商標を認めない商標法4条1項7号に違反する。
- 「NPO」は特定非営利活動法人を表示する標章。「公益に関する団体であって営利を目的としないものを表示する標章であって著名なものと同一の商標」を登録不可としている商標法4条1項6号に違反する。
しかし、単なる総称、略称にすぎないとみなされるかも知れない。
ひとつの登録商標については、多数の異議申立がなされても、まとめて審査される。
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続いて、弁護士・弁理士の平野和宏氏から、次のような補足説明があった。
商標の類似とは、並べてみて「似ている?似ていない?」と判断するのではない。一定期間をおいて、違う場所で誤認される恐れのあるものは類似しているとみなされる。たとえば、雑誌名の「週刊少年」と「少年」を並べて比べれば簡単に識別できるが、別の時に別の場所で一方の商標と出会った場合、他方と混同する可能性があるとみなされ、類似していると判断される。
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市民活動情報センター代表理事 今瀬政司氏と三木氏からは、今回の件に似た事例として、次の2件が紹介された。
「母衣旗(ほろはた)」事件:町おこしのために、町の特産品などに「母衣旗」という標章を使用することを奨励していた町で、同地域内に住む業者が「食肉、卵、食用水産物、野菜、果実、加工食料品」を指定商品として商標登録した件。特許庁に対する無効審判が通らなかった町が、商標権者を訴えて、町おこしに使用されていることを知りつつ取得した商標権設定登録の公序良俗性が争われた。裁判所は、町の経済の振興を図るという公益的な施策に便乗して、その遂行を阻害し、公共的利益を損なう結果に至ることを知りながら、「母衣旗」を商標登録したことは、公正な競業秩序を害するものであり、商標法4条1項7号違反と判断した。
「野外科学KJ法」事件:フィールド調査法のKJ法を創案して普及に努めた人が、「野外科学KJ法」を「電子計算機ソフトウェアの使用方法の教授」を指定役務として商標登録した業者に対して、無効審判を請求し登録取り消しとなった。その後、取り消しは無効にすべきだという業者の訴えに対して、裁判所は、創案者の利益を害す剽窃的なものとして、その訴えを排斥して、特許庁の無効審判を認容した。
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こうした解説をうけて、後半は、参加者も交えて、「NPO」商標登録のどこが問題なのか、どのような異議申立理由が挙げられるかなどについて活発な意見交換がなされた。
「NPO」という語を含む題号の定期刊行物は、角川の出願前にも多数発行されていたのだから、それを証拠として、識別性の欠如を主張し、加えて、そうした実績によって培われてきた市民団体の活動の推進を阻む可能性があることを主張してはどうか。
NPOにとって、この商標登録でどんな困ることが生じるのかをきちんと説明して異議を申し立てて欲しい。
「ボランティア」についても、「NPO」と同様に異議申立をすべきではないか。権利侵害を避けるためは、異議申立によって、登録取り消しを求め、それが実現すればいいが、もし異議が通らなかった場合のことも考えなければならない。
商標という、今までNPOがあまり関わってこなかったことについて、これを機にしっかり考える必要性があることを確認した。
以上のような意見が出て、9時に学習会は終了した。
文責:シーズ 徳永洋子
(2003.07.07)