シーズ勉強会「NPO商標登録問題を考える」(東京)
9月3日(水曜日)、午後7時から9時、文京シビックホール(東京)でシーズ主催の「NPO商標登録問題を考える」勉強会が開催された。
この勉強会は、今年4月に角川書店によって「NPO」という語が雑誌・新聞の名称として商標登録されたことに関して、シーズを含む6団体が特許庁に対して異議申立をおこなったことを受けて開催された。
参加者は約50名。
講師は次の4名。
- 弁理士
西村雅子氏(特許業務法人湘洋内外特許事務所) - 弁理士
望月尚子氏(特許業務法人湘洋内外特許事務所) - 松原 明(シーズ事務局長)
- 徳永 洋子(シーズスタッフ)
なお、当日は、受付開始直前から激しい雷雨に見舞われ、落雷で一部交通機関が不通になった。悪天候にもかかわらず御参加下さった方々には、この場を借りて、あらためてお礼申し上げたい。
はじめに、シーズ事務局長の松原明から、
「今年4月に”NPO”という言葉が、角川書店によって雑誌・新聞の名称として商標登録されことで、定期刊行物の題号に”NPO”の語を使うことが権利侵害になるおそれが出てきた。7月25日、シーズを含む6つのNPO団体は、特許庁に対して、この登録の見直しを求めて異議申立をした。今日は、商標を専門とする弁理士を招いて、商標登録についての基礎知識を確認しながら、角川による商標登録でどのような事態が起こりうるのか、NPOとしてはこの事態にどう対処したらよいのかなどを考えたい。なお、この件については、大阪のNPO団体がリーダーシップをとって対応に当たっている。大阪の皆さんのご尽力に対して、この場を借りて謝辞を述べたい。」
と、開会の挨拶があった。
第一部
まず、シーズの徳永洋子から、角川による「NPO」商標登録の事実確認と、NPO側のこれまでの対応について、次のような報告があった。
2002年1月18日に、株式会社角川書店(2003年4月からは株式会社角川ホールディングス、以下「角川」)は、雑誌・新聞についての商標として「NPO」を出願し、その後、特許庁が審査をした結果、2003年4月25日に登録され、5月27日には商標掲載公報に掲載された。
これに対して、 大阪NPOセンター 、大阪ボランティア協会 、 関西国際交流団体協議会、シーズ=市民活動を支える制度をつくる会は、6月3日、NPO活動の根幹にある定期刊行物の題号に「NPO」の語を使うことが制限される可能性が生じたとして、NPO関係者にメールで情報発信した。その直後より、発信元には300余りの意見が寄せられ、さらにNPO側の反発が拡大した6月5日には、新聞などマスコミでも「角川NPO商標登録問題」として大きく報道された。
こうした動きに対して、角川は6月6日に新聞各紙に社告を出し、その中で、「NPOという名前の雑誌を発行する予定があり、通常の手続きとして商標登録した。NPOやボランティア団体が非営利の目的で発行する場合には商標権が及ばないと考える」旨を発表した。しかし、NPOやボランティア団体が、有料で「NPO」もしくは類似する題号の新聞・雑誌を発行したり、さらにこれを書店で販売したりした場合に商標権侵害とならない保証はない。
NPO関係者だけではなく、一般にも関心が高まっていくなかで、7月17日、国会の参議院環境委員会で、公明党参議院議員加藤修一氏によって、NPO商標登録問題が取り上げられ、「通常の基準と手続きで登録査定した」と説明した特許庁に対して、登録に関する見直しが求められた。
商標法では、商標公報発行の日から2ヶ月以内なら、誰もが特許庁に対して異議が申し立てられるとされている。そこで、6月3日に情報発信をした4団体に、市民活動情報センター、日本NPOセンターを加えた6団体は、7月24日、特許庁に対して異議申立を行った。異議申立書では、商標法にある審査基準に照らして、商標の基本である識別性の欠如、NPO活動の根幹にある定期刊行物の題号に「NPO」の語を使うことが制限されることから生じる公益への悪影響などを異議の根拠とした。
さらに、6団体は、8月25日、全国のNPOの協力を得て集めた、既刊の「NPO」を題号に含む定期刊行物や、異議申立賛同署名などを異議申立の補充資料として特許庁に提出した。
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ここで、松原から、今回、角川との交渉ではなく特許庁への異議申立を決めたのは、交渉によって角川が登録放棄しても、他の人が登録する可能性が残ってしまうため、「NPO」という語が、今後、雑誌・新聞の商標として登録されないためには、登録査定の見直しを求めることが必要だと判断したからだ、との説明があった。
第二部
つづいて、望月尚子弁理士によって、商標とは何なのか、シーズなどが異議を申し立てている根拠は何なのか、などが解説された。
はじめに望月氏は、そもそも商標とは何かということについて、下記のポイントをあげて説明した。
- 商標の根幹は「識別性」。商標とは、自己の商品やサービスを他が提供する同じ種類の商品やサービスと区別して、かつ、自己の商品やサービスの同一性を表すマーク。
よって、識別性が無ければ商標とならない。 - 昨今、商品は多数の生産者による大量生産となり、しかも、さまざまな流通形態で提供されている。このことが経済社会をきわめて複雑なものにしている。そのなかで、生産者が自分の商品やサービスを信用あるものとして提供していくために、また、需要者が商品やサービスを選択するときの指標とするために、商標は大切なものだ。
- また、商標は、よい商品やサービスについて継続的に使用されることによって、いわゆる「ブランド力」となって価値のあるものとなる。
次に、今回の「NPO」の事案については次の点が問題だとした。
- 特許庁は、今回の商標登録の査定に際して、「NPO」という語のもつ意味を考慮する必要があった。まず、「NPO」の語には、単に特定非営利活動法人を意味するだけでなく、一般市民にさまざまな非営利活動を浸透させるという社会的役割がある。とりわけ、新聞・雑誌といった情報伝達媒体は、その役割を果たしていくものだ。そのためには、定期刊行物の題号に「NPO」という語を独占的に使用することを認めて、多くの関係者の使用が制限されることは公益に反する。
- また、「NPO」という語が、NPO関係者の活動によって普及してきた過程にかんがみると、今回の商標登録は関係者の利益を害する剽窃的な行為になるとも言える。過去の判例でも、このような点が根拠となって、「公序良俗に反する登録」であると判断されて登録が取り消されたケースがある。
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西村雅子弁理士からは、角川による「NPO」商標登録によって、他者が「NPO」という語を含む雑誌・新聞を発行することが制限されるのかという問題について、次のような解説があった。
- 結論から言えば、それほど心配しなくてもよいだろう。なぜなら、今回の「NPO」一語による商標登録は、きわめて識別性が低いものだけに、既存の「NPO—」「—NPO」といった題号の雑誌や新聞が、すべて、すぐさま権利侵害となる可能性は低いと考えられる。また、新たに「NPO」の語を含む商標を雑誌・新聞を指定商品として出願した場合、その前後につく語で識別可能とされて登録査定される可能性が高い。
- 新聞・雑誌などの定期刊行物では、識別性を欠く普通名称であっても、原則として自他商品識別力があるという特許庁の商標審査基準がある。「NPO」が商標登録できたのもそのためである。しかし、審査基準は絶対的なものではない。今回のように「誰もが使いたい公共性の高い言葉」の登録は一般の感覚から外れたものであり、特許庁の審査基準に問題がある。法の運用は一般の感覚から遊離したものであってはならない。
第三部
その後、質疑応答と意見交換がおこなわれた。講師に対しては、会場から「商標」についての具体的な質問が数多く出た。また、本件に対する意見として活発な発言が続いた。
主な内容は下記の通り。
- 松原:
- 望月氏の解説にあった「生産者が自分の商品やサービスを信用あるものとして提供していくために、また、需要者が商品やサービスを選択するときの指標とするために、商標は大切なものだ。」という点は、「生産者」を「NPO」に、「需要者」を「受益者」「寄附者」などに置き換えることができる。他の団体が、似たような名称で寄附集めをはじめて困っているという話もある。NPOにとっても、商標は大切なものであり、商標登録は積極的に活用されるべき制度である。
- 参加者:
- 著名な商品はすべて商標登録されているのが現実だろうが、今回の「NPO」については、これまで、皆で使っていた言葉が、突然、「誰かのもの」になってしまった印象があって釈然としない。異議申立がダメだった場合、他の手立てはあるのか。
- 西村氏:
- 登録維持が決まった場合、不服なら「無効審判」という方法がある。異議申立と同じ理由で請求できるが、印紙代は5倍になり(55000円、1商品区分ごとに40000円加算)、請求人の負担が重くなる。その結果に不服なら「審決取消訴訟」を高裁に提起できる。その次の段階では上告もできる。
- 参加者:
- 説明に出てきた「商品」というのは有料、無料を問わないのか。
- 望月氏:
- 有料、無料は問わない。需要者が「欲しいと思う」対象は原則として商品となる。ゆえに、角川が社告で「この商標権は、非営利の目的には及ばないと考える」と言っているのは、法的には根拠の無いことである。
- 参加者:
- 異議申立をされている段階でも商標権は発生しているのか。
- 望月氏:
- 発生している。登録料を納付して、特許庁の登録原簿に商標権設定が掲載された時点で商標権は生じる。
- 参加者:
- 角川に対して、直接的な抗議行動をおこすことは考えていないのか。
- 松原:
- まずは、異議申立によって、「NPO」という語が新聞・雑誌の名称として、誰も商標登録できないものとしたい。交渉して角川から権利譲渡されるとしても、どこの団体が受け皿になるかなど問題が残る。商標という制度は、NPOにとっても活用すべき大切なものだけに、きちんとした法的なルールにのっとって対応していきたいと考えている。
- 参加者:
- 今回の異議申立では、「NPO」の語のもつ公共的な意味から、「商標登録されることが公序良俗に反する」という点だけで異議を申し立てているのか。
- 松原:
- 今日の解説では、「NPO」という語特有の問題として、この点を詳しく解説したが、異議申立書では、代理人を務める弁理士と相談して、考えられる限りの論拠で異議を述べている。
- 徳永:
- 角川は、新しい雑誌の発行の準備として、通常の手続きとして商標出願したまでのことかもしれない。しかし、もし、NPOを理解した上でNPO関連の雑誌を発行するのだったら、このような出願はしなかったのではないか。また、特許庁も「NPO」の語の意味や使用の実情を考慮して審査をしていたら、登録査定を下さなかったと思う。今回の異議申立によって、「NPO」について理解してもらって、登録が取り消されることを願う。
最後に、松原から、「今回の件は先の長い戦いとなるだろう。今後の経過などは、シーズのNPOWEBやメルマガなどで折々報告していくので、引き続き支援していただきたい。大阪NPOセンターが事務局となって、カンパも集めているので、よろしくお願いします。」という発言があり、勉強会は15分超過して9時15分に終了した。
文責:徳永洋子(シーズ)
2003.09.10