世田谷区職員研修「NPOとの協働を考える」報告
2002年1月16日(水)午後2時から、世田谷文化生活情報センター(キャロットタワー)5階セミナールームにて、世田谷区の政策課題研修NPO講座「NPOとの協働を考える」が行われた。
この講座には、約100名の世田谷区職員が参加し、会場は満席となった。
冒頭に、生活文化部市民活動推進課課長の田中氏より、「世田谷区には70以上のNPO法人があり、行政との様々な問題が起こっている。世田谷区はその実験フィールドといえるだろう。区の政策評価の対象として2685の事務事業があるが、そのうち30%が行政と区民や市民団体、民間業者と協働連帯して役割を担っていくべき事業と分類している。そして5%が、将来的には行政からこれらの民間の団体へ役割をシフトしていくべき事業である。NPOを理解することによって、どのようにこうしたシフトを行っていけばよいかがわかるのではないか」との挨拶があった。
なお世田谷区では、この講座の後約3週間にわたって、係長以上の職員と協働事業を行っている職員を中心に、区内のNPOを見学するツアーを予定している。
次に、シーズ事務局長の松原明による講演が行われ、その後の質疑応答を含め、2時間半の長丁場の講座となった。
以下に松原の講演の要旨を報告する。
1 NPOを理解しよう
1)「NPO」という概念の混乱
「NPO」がどんな団体を指すかについて混乱が生じている。
「NPO」とはNon-Profit-Organizations、すなわち非営利団体のことである。「NPO」の中には、第1にNPO法人(特定非営利活動法人)だけを指す場合、第2にボランティア活動団体や市民団体も含める場合、第3に公益法人等の法人も含める場合、第4に共益団体も含める場合があり,4通りの対象に対して使われる。
まず、NPO法人は、1998年に制定されたNPO法によって、法人格を得た団体である。現在5500以上の団体がある。
次に、ボランティア活動団体や市民活動団体は、日本には約8万8千団体あるが、これらは法人格を有していない非営利団体である。日本でポピュラーに理解されている「NPO」は、NPO法人を含めたこれらの団体を指すのが一般的だ。
第3の公益法人には、財団法人、社団法人があるが、その他、公益を目的とする、学校法人、社会福祉法人や宗教法人など、昔から日本にある法人も含まれる。世界のスタンダードから見れば、これらの団体も「NPO」として理解される。
第4の共益法人であるが、労働組合や生協など、会員相互の利益を目的としている団体である。これらも営利のための団体でないため、「NPO」と扱う人もいる。
現在、これら4つの非営利団体の分類を区別せずに、「NPO」という言葉が使われているため、NPOに対する混乱が生じているのである。
2)「非営利」への誤解
NPOに対してもう1つの混乱がある。それは「非営利」という概念についてである。
営利団体と非営利団体との違いは、活動で得た利益を株主(会員)に配当するか、しないかという点である。
非営利団体の特徴は、利用者にサービスを供給し、その対価をもらう場合もあるが、この活動から得た利益を会員に分配しないというところである。
職員の給料の多寡やサービスの対価の量などは、非営利であるか否かとは関係ない。NPOを無償でサービスを供給し、その対価を得ない団体として理解するのは誤りなのである。
また、ボランティアとNPOを区別して捉えることも重要だ。ボランティアは個人であり、NPOは団体である。団体が継続的に活動を行うにはコストがかかるため、財源をいかに確保するかがNPOにとって問題となっている。ボランティアは、個人が労働の対価としての報酬を受けとらないが、団体がコストを稼ぐこととは別の話だ。「非営利」は、「無報酬」ではないし、また「無償」とも違う。「非営利」と「無報酬」と「無償」の違いを理解しなければ、NPOとの協働などといっても、的外れな施策になるだろう。
3)非営利セクターの二重構造
現在の日本の非営利セクターを見ると、行政の補完として制度化された公益法人等と、市民主導型のサービス供給主体である、狭義の意味での「NPO」との二重構造が見えてくる。
これまでの日本の社会では、政府が社会サービスの責任を担ってきた。その仕組みは、政府が事業を法律によって定義し、その担い手として法人をつくり、それに財源を保障するという、一連のセットとして作られている。
当初、この仕組み自体は概ねうまくいっていってきた。しかし80年代から、市民一人ひとりのニーズが多様化し、政府の社会サービスでは追いつけなくなったり、あるいはその質が違ってきた。そこにNPOの必要性が生まれてきたのだ。
従来の社会サービスは、法律に基づくものであった。しかし、法律に規定されていないサービスの要求が出てくる中で、その担い手としてNPOが現れてきたのである。この団体に法人格を与えるために、NPO法人が制度化されたのだ。
2 「協働」と「支援」の違い
1)「団体」の支援か、「事業」の支援か
今、このような新たなサービス供給主体であるNPOが注目されており、自治体にもNPOに対する政策が求められている。では、いかなるNPO政策が必要だろうか。それには、まず「支援」と「協働」を区別することが重要である。
「支援」について。NPOのサービスは多様であり、行政と対立する団体もある。しかし、市民のニーズは変化していくのであり、現在重要でなくても、将来の社会において不可欠になるものがある。そのため自治体は、多様な社会サービスを行うNPOを選別するのではなく、広く、薄く、様々なNPOを育てていくことが、行政の責務になる。これがNPOへの「支援」である。
今、多くのNPOは生まれたばかりであり、規模も小さい。そういった団体を「支援」していく必要がある。しかし「支援」といっても、NPOの自立性が失われるのは問題だ。行政に依存するNPOでは、行政からの「支援」がなくなると潰れてしまう。団体中心の「支援」ではなく、個々の事業に対する「支援」が必要なのだ。
2)「協働」とは何か
「支援」と、「協働」は違う政策である。「協働」とは、行政とNPOの目的が共通する事業であるときに、互いに協力し合って事業を行うことである。互いが敵対していては、「協働」はできない。
なぜ行政は、NPOと「協働」する必要があるのか。それは、住民・市民のニーズに適切なサービスを供給するためである。同時に、行政やNPOのみでは出来ない新しい社会サービスを提供するためでもある。「協働」に必要なのは、行政、NPO、そして住民・市民のニーズという三者の視点である。行政が、「協働」するためにNPOをつくり、団体「支援」をしてしまうと、自立性のないNPOを生みだし、行政との癒着が生まれてしまう。
NPOと行政の二者関係をもって「協働」と捉え、住民・市民のニーズを忘れてしまうと、NPOに期待された社会的役割はなくなるだろうし、新しいニーズに対応しようとする行政の役割も失われる。これは「協働の死」といえる。
3)協働における「対等性」
「協働」におけるポイントは、行政とNPOの両方のミッションが生かせることだ。
行政の事業の下請けとしてNPOが位置づけられるのでは協働ではない。事業が終われば、行政とNPOの「協働」関係は一旦切れるべきである。団体の存亡が行政からの事業に依存しないという、NPOの自立に基づいた「対等性」が必要だ。
第2に、行政はNPOにミッションがあることを理解することが重要である。NPOとの協働は、ボランティアの参加やアウトソーシングとは異なる。行政の目的とNPOの目的の両方を実現し、さらにその相乗効果でうまれるものがあるということが、協働の意義である。行政の事業のみを行おうとするのは、協働とは異なるものだ。互いのミッションを尊重し、実現させようとする「相互性」が、協働には必要である。
3 NPOとの協働のために
1)CDBGの試み
NPOとの協働を考えるときの有効な事例として、アメリカのコミュニティ開発包括補助金制度「CDBG(Community Development Block Grant)」がある。CDBGでは、補助金の使い方ではなく、補助金を得るまでの手続きを規定している。この制度の規定する適正手続きでは、市民参加と公開審査が明確に義務づけられている。
ここで重要なのは、第1に行政、NPO、市民の間で地域の問題に対するコンセンサスが生まれるということ、第2に、民間に競争がうまれることである。そして第3に、市民とNPOが切り離されているということである。NPOによる事業が、住民・市民のニーズに基づいているかどうかを、市民参加によって別に判断するのである。
2)「民活」と競争
米国と日本では、「民活」に関する考え方が違う。日本では、「民活」とは、行政の仕事の中でいかに民間の力を活用するか、を意味する。一方、米国では、行政が民間の力をいかに大きくするか、を意味する。個人のニーズがますます多様化していく中で、すべてのサービスを行政が担うのではなく、民間の中で様々なアイデアやサービスをどれだけつくりだせるか、が重要だ。
行政が協働のためにNPOをつくってしまうと、依存関係になり、民間の中での競争が生まれない。競争によって民間の活力を促進させることが行政にとって重要なのである。競争の中で生まれるアイデアを活用して、住民・市民のニーズに応えることが豊かな社会を生み出す。
行政にとって必要なことは、住民・市民にとって良い結果をもたらす競争を民間にさせるような基盤をつくることであり、それが最大のNPO支援策となるだろう。
報告:大塚 謙輔
2002.02.06