訪米調査の事例から(11)ニューヨーク・コミュニティ・トラスト
2005年9月5日から17日まで、シーズでは国際交流基金日米センターの助成を受けて、米国のワシントンD.C.、ボルチモア、ニューヨーク、シカゴ、インディアナポリスの5都市を訪問しました。訪問団は、シーズ事務局長・松原明、茨城NPOセンターコモンズ事務局長の横田能洋、グローバル・リンクス・イニシャティブ事務局長の李凡、シーズ・プログラムディレクターの轟木洋子の4名(敬称略)で構成。NPOの信頼性に係る日米の現状、また信頼性向上のための取組みなどについて、23の団体を訪問し、米国側の専門家たちと意見交換をしてきました。
そのなかで、特に印象に残り、日本の皆さんにも参考になると思われる15の記録をご紹介します。
※ご紹介する方々の肩書きや団体の活動などは、訪問当時のものであり、その後、変わっている可能性があります。ご了承ください。また、文責はシーズ事務局にあります。
第十一回 ニューヨーク・コミュニティ・トラスト
寄附者担当部長 ゲイ・ヤング氏
2005年9月13日(火)訪問
1924設立。2005年末の資産は約20億ドル(約2200億円)。ニューヨーク市、ロング・アイランドやウェストチェスターを中心に、2003年末までに1億1800万ドル(約130億円)をNPOに助成してきた。寄附者は、同団体に寄附して基金(ファンド)をつくることができる。基金設立は5000ドル(約55万円)から可能で、生前あるいは遺書で決定することが可能。
こうした基金から、芸術、教育、子ども、青年、環境、健康など、さまざまな分野のNPO事業へ、助成プログラムを通して支給している。助成にあたっては、理事会のチャリティガイドラインに沿って行っている。
訪問団:
日本では、あまりコミュニティ・トラストについての理解がないので、まずどのような仕組みなのかを伺いたい。
ヤング氏:
私たちは、いわばコミュニティベースの財団。米国全土には、私たちのようなコミュニティ財団が500ほどある。地域ごとにあって、私たちニューヨーク・コミュニティ・トラストは、ニューヨークの北部の地域を対象とした財団。現在、20億ドル(約2200億円)の資産があるが、これは個人から寄せられた1500の基金(ファンド)が集まってできている資産。個人から寄附をいただくと基金になり、このコミュニティ・トラストの資産になる。
こうした資産から、寄附者がおそらくこういう風にお金を使って欲しいと思っているのではないかというNPOの事業に、私たちからお金を配分する。寄附者のなかには、どういう使われ方をしてもいいという人もいるので、こういう場合は別。一方で、NPOからは、お金の配分を受けるための応募申請を受け付けていて、審査をし、パスしたところに配分をしている。
訪問団:
こうしたコミュニティ財団が生まれた背景はどのようなものだったのか。
ヤング氏:
コミュニティ財団の歴史的な背景を説明する。
たとえば、ある個人が遺書を残してNPOに遺産を寄附した場合で、「このお金は孤児を支援するのに使って欲しい」と遺書に書いてあったとする。米国の法律のもとでは、その地域にもし孤児が一人もいなくなってしまったような場合であっても、その遺書の内容を変えるためには裁判所にいって、判事に「こういう風に内容を変えたい」と申し出て、やっと変更できるというような状況だった。
ところが、ロックッフェラー一家の弁護士は非常に頭のいい人で、なんとか法廷を通さないで使途を変えることができるような柔軟性を持たせることはできないかと考えた。そこで、ある団体を作って、そこに遺産の寄附を委託することを思いついた。この団体がちゃんと管理することで、社会の状況が変わってきたなら、それにあわせて使い方もかえることができるようにしたのだ。
このコミュニティ財団という概念を作った人は、銀行家だった。私たちの団体の名称の「ニューヨーク・コミュニティ・トラスト」の「トラスト」というのは、「信託」という意味。もともとの発端が、銀行家がそうした遺産を「信託」として管理する仕組みを作ったため、私たちの財団はこの名前を使っている。
米国の法律では、「信託」は非常に厳密な管理が要求される概念。これ以上しっかりとした管理方法はないというくらい厳しく管理されなければならない。また、法的な枠組みの中でしっかりと遂行されるのが「信託」。だから、寄附をした人は、何かおかしなことが起こった場合には、法廷に訴えて自分たちの権利を主張し、その法律をきっちちと執行させることができる。だから、トラスト(信託)というのは、要するに「信頼できる」という意味である。
訪問団:
一人の寄附者が寄附したいと申し出るお金(基金)は、だいたいどのくらいか。個人ばかりか。
ヤング氏:
おそらく、今までで最大だったのは1億5千万ドル(約165億円)。しかし、だいたい1ケースは5000ドル(約55万円)くらい。コミュニティ財団の場合、コミュニティからできるだけお金を集めなければならないので「小額でも基金が作れますよ」とアピールすることが重要。同時に、お金持ちにもPRすることも必要。寄附者は、ほとんどは個人だが、企業や、たとえば法律事務所などのようなところもある。企業が企業財団を作ったり、家族がファミリー財団を作ったりする代わりに、コミュニティ財団に基金を寄附しようと考えてくれていると思う。
訪問団:
NPOにお金を出しているということだが、その仕組みはどうなっているのか。また、NPOの信頼性の担保はどうしているのか。
ヤング氏:
NPOからは、プロポーザルという応募申請書を出してもらう。
私たちの団体には、プログラム・オフィサーと呼ばれる専門家がおり、彼らは、たとえば家族、子ども、飢餓、ホームレス、芸術文化、教育、などそれぞれ専門とする分野を持っている。こうしたオフィサーが「面白そうなこと(意義があること)をやっている」NPOを見つけてきて、プロポーザルを出さないかと働きかけている。しかし、基本的には、どのようなNPOからのプロポーザルも受け付けている。このプロポーザルを書くためのガイドラインも用意している。
ただし、なかには寄附者がある特定のNPOにお金を出して欲しいと言ってくることもある。
私たちは、プロポーザルを出してきたNPOや、寄附者が配分先として希望したNPOについて、配分して問題ないNPOかどうかの認定をすることになる。
これには、Request Information Form(RIF)という書類を出してもらうことになるが、非常に幅広くNPOを審査することになる。これによって、寄附者が安心して私たちにお金を託すことができるようにしている。
このRIFの内容は、非常に単純なものだが、実はかなり多くのNPOが内容を埋めることができない。聞いていることは、正式名称と所在地、寄附の小切手の送付先住所、ミッション(団体の目的)、事務局長の氏名、役員の氏名、それらの人たちが親族関係にあるか否か、親族関係にあるならどういう関係か、当該NPOと何らかの利害関係を持っていないか、報酬を当該NPOから得ているか否かなど。これらを説明したうえで、そのNPOの最高責任者が事実であるという署名をする。
加えて、IRS(内国歳入庁、日本の国税庁にあたる組織)へ提出した確定申告書の最新版も提出してもらう。もし、確定申告書のIRSへの提出がなんらかの理由で遅れている場合には、代わりに監査済みの財務諸表となる。
こうして提出された書類を私たちは慎重に検討することになる。そのNPOのミッション(目的)、達成したいものは何なのか、どのように具体的に目標に向けて事業をしていくのかなどの他に、理事の構成は適切か、つまり、いろいろな人が入っていて多様性があるか、人数が一定程度いるかなども見る。というのは、そのNPOが独立性を持った組織か否かを見極めるため。役員が3人しかいないとか、同じ苗字の人ばかりが役員だったりすると、きちんとした説明が求められる。また、役員へ報酬が支払われているか否かもチェックする。
NPOのなかには、役員が報酬を得ていてもいいじゃないかという人もいるが、私たちはNPOの役員になるというのは、一種の市民の義務としての役に就くということだと捉えているので、なぜお金をもらっているかということの説明を求める。また、なかにはミッションがどうもおかしいとか、本当にこれは慈善的な活動なのかというケースもあるので、そうしたことを見極めて認定を出す。
この認定の期間は5年間。認定されたら、認定リストに5年間は載っていることになる。ただし、認定を受けたからといって、無条件にリストに載り続けるわけではない。もし、新聞に何らかの良くない記事が載ったりして、お金を出すのに躊躇されるというような場合には、リストからはずされることもある。
訪問団:
なるほど。寄附者からしっかりとした信用を得ているようにみえる。
ヤング氏:
寄附者は、私たちに対して、NPOセクターのエキスパートという印象を持っている。もし、「このお金は飢餓を根絶するために使ってください」と言われれば、そのように使うし、今回のハリケーン・カトリーナに際しても、ハリケーンの犠牲者を援助するにはどのNPOに寄附したいいのか、という助言を求めてくる人もおり、私たちは適正なNPOを紹介している。また、私たちが配分されたお金がどのように使われているかについても、寄附者に情報を伝えている。加えて、寄附者向けに、「ドナー・ブリーフィング」という寄附に関する研修・啓蒙の講座も開いており、参加者からは好評を得ている。要するに、私たちのことを知識と経験を持つ専門家としてみてくれている。
ニューヨーク・コミュニティ・トラストを訪れた日は、ちょうど国連総会の開催日。そのせいで、ニューヨークの街は大渋滞。大きな荷物を抱えていた私たちは、そうとも知らずタクシーで向かってしまい約30分の遅刻。訪問の後には、空港に直行してシカゴに向かわなければならないという、もともと大変タイトな時間でのアポだったのだが、ヤング氏は短い時間でも的確にお話くださり、その能力と笑顔に感謝、感謝。それにしても、今回の訪米全体が、かなり身体を酷使する過酷なスケジュールなのであった。
2007.01.26